手術不要で脳と繋がる——超音波BCIが拓く次の10年
中国スタートアップGestalaが超音波式ブレイン・コンピュータ・インターフェースで約32億円を調達。NeuraLinkとは異なるアプローチが、BCI普及の最大障壁を取り除く可能性を探る。
脳に電極を埋め込まずに、思考で機械を操作できるとしたら——その問いに、一人の中国人起業家が21.6百万ドル(約32億円)を賭けている。
「開頭手術なし」という賭け
2026年1月、Phoenix PengはGestala(ジェスタラ)という会社を立ち上げた。創業からわずか2ヶ月で、1億〜2億ドルの評価額にて2,160万ドルの資金調達を完了。投資家からの申し込みは5,800万ドルを超え、大幅な過剰申し込みとなった。Guosheng CapitalとDalton Ventureが共同リードを務め、Gobi VenturesやFourier Intelligenceなども参加したこのラウンドは、中国のBCI業界における過去最大規模のアーリーステージ調達だとPeng氏は語る。
Gestalaが開発するのは、頭蓋骨を開かずに脳と通信する「非侵襲型超音波BCI」だ。フェーズドアレイ超音波技術を使い、脳の深部神経回路を含む広範な領域を観測・刺激できる。埋め込み型電極と比べて手術リスクがない点が最大の差別化要素であり、Peng氏はこれをBCI普及における「最大の壁」を取り除く技術だと位置づけている。
現在15名のチームを年内に35名程度に拡大し、中国国内に製造施設を建設する計画だ。今年末までに第一世代プロトタイプの完成を目指している。
なぜ今、超音波なのか
Elon MuskのNeuralinkが侵襲型BCIの代名詞として知られる一方、OpenAIが出資するMerge Labsなど米国でも超音波BCIスタートアップが相次いで登場している。グローバルなBCI投資の重心が、侵襲型から非侵襲型へと静かにシフトしつつある。
Peng氏の主張は明快だ。超音波は電極と異なり、脳全体へのアクセスが可能で、深部神経回路にも届く。さらに、神経活動を「抑制」または「刺激」する双方向の操作が、メスを入れることなく実現できる。医療応用の筆頭は慢性疼痛管理。既存の学術研究では、超音波刺激が疼痛レベルを有意に低下させる効果が示されており、うつ病・PTSD・自閉症・強迫性障害、さらにはアルツハイマー病やパーキンソン病まで、6〜8の適応症を研究対象としている。
もう一つの柱が「超音波ブレインバンク」——大規模な臨床データセットを構築し、AIモデルで脳信号を解析する基盤だ。中国の大規模病院ネットワークを活用することで、米国・欧州の20〜33%のコストで臨床試験を進められると同社は主張する。
地政学の影の下で
米中対立が深まる中でも、Peng氏は両国の協力に希望を持つ。「中国は大規模な臨床研究能力と効率的なサプライチェーンを持ち、米国には世界トップの科学人材がいる」と語り、共同での大規模臨床データセット構築を提唱する。
この発言は楽観的に聞こえるかもしれないが、現実は複雑だ。米国では中国発のバイオ・ヘルステック企業に対する規制審査が強化されており、Gestalaが将来的に米国市場への参入を目指す場合、FDA承認プロセスだけでなく、国家安全保障上の審査も避けられない。
一方、日本にとってこの動きは対岸の火事ではない。超高齢社会を抱える日本では、慢性疼痛・認知症・パーキンソン病の患者数は世界有数の規模だ。SonyやOlympusなど医療機器・精密機器に強みを持つ企業にとって、超音波BCI技術は既存の超音波診断技術との親和性が高く、潜在的な参入領域になりうる。しかし現時点で、日本国内に同等の資金規模を持つBCIスタートアップは見当たらない。研究水準は高くとも、スタートアップエコシステムの厚みで中国・米国との差が開きつつある現実は直視する必要がある。
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