中国の決済網が世界標準を狙う
中国がCIPS(人民元国際決済システム)を多通貨対応のグローバルプラットフォームへと転換しようとしている。SWIFTに代わる決済インフラの台頭は、日本企業や金融機関にとって何を意味するのか。
2012年、SWIFTから突然切り離されたイランの銀行は、一夜にして国際取引の手段を失いました。あの出来事を、北京は決して忘れていません。
清華大学PBC金融学院の朱建東教授が率いる研究チームが発表した最新報告書によると、中国は自国の国際決済インフラであるCIPS(Cross-border Interbank Payment System)を、単なる人民元決済の補助ツールから、多通貨対応の本格的なグローバルプラットフォームへと転換しようとしています。北京が最近実施したルール改正は、その転換への布石と見られています。
CIPSとは何か、そしてなぜ今なのか
CIPSは2015年に中国人民銀行が立ち上げた国際決済システムです。現在も多くの取引においてSWIFTのメッセージングインフラに依存しており、完全に独立した代替ネットワークとは言えない状態でした。しかし今回の規則改正により、北京は多通貨決済への対応と、他国の決済チャンネルとの相互接続を視野に入れた設計へと舵を切ったとされています。
タイミングは偶然ではありません。ロシアのウクライナ侵攻後、米欧がSWIFTからロシアの主要銀行を排除した2022年以降、「決済インフラの武器化」という問題は現実のリスクとして世界中の中央銀行や政府に認識されるようになりました。中国にとって、自国の金融インフラをSWIFTから切り離す動機は、地政学的にも経済的にも高まり続けています。
現時点でCIPSの参加機関数は1,500以上、取引高は年々増加しているものの、SWIFTが処理する年間数京円規模の取引量と比べれば、まだ小規模にとどまっています。しかし、規模よりも「設計思想の転換」こそが、今回の報告書が指摘する本質です。
日本企業・金融機関への影響
日本にとって、この動きは対岸の火事ではありません。
トヨタ、ソニー、三菱UFJ銀行をはじめとする日本の大企業・金融機関は、中国との取引において現在もSWIFTベースの決済を主軸としています。しかし、もしCIPSが多通貨対応を実現し、東南アジアや中東、アフリカの決済チャンネルと接続されるようになれば、サプライチェーンや貿易決済の選択肢が根本的に変わる可能性があります。
特に注目すべきは、日本企業が多く進出しているASEAN市場の動向です。タイ、インドネシア、マレーシアなどは中国との経済的結びつきが強く、CIPSへの参加や接続を検討する中央銀行も出てきています。日本企業がこれらの国々でビジネスを行う際、将来的にCIPS経由の決済が「標準的な選択肢」になる可能性は排除できません。
一方、日本の金融機関にとってはコンプライアンス上の複雑さが増すリスクもあります。米国の制裁体制とCIPSの間で板挟みになるシナリオは、すでに欧州の一部銀行が直面している現実です。
「代替」か「補完」か——割れる評価
もっとも、すべての専門家がCIPSの台頭をSWIFTへの脅威と見ているわけではありません。
懐疑的な立場からは、いくつかの構造的な限界が指摘されます。まず、国際取引における人民元の使用比率は依然として低く、2025年時点で世界の外国為替取引に占める人民元の割合は約7%にとどまっています。多通貨対応を謳っても、基軸通貨としての米ドルの地位は短期間では揺るがないという見方は根強くあります。
また、CIPSに参加する外国金融機関が増えるためには、中国の法制度や情報開示への信頼が前提となります。透明性と法の支配に関する懸念が払拭されない限り、西側の主要金融機関がCIPSを主要インフラとして採用することは考えにくいという指摘もあります。
しかし、「代替」ではなく「補完」としてCIPSを位置づける視点もあります。米ドル決済が政治的リスクを帯びた場面で、CIPSを「保険」として活用するという実用的な発想は、新興国を中心に広がりつつあります。
記者
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