F-35撃墜マニュアルが中国で拡散——民間の「善意」は戦争を変えるか
中国の民間STEM人材がイランのために米軍F-35対策動画を作成・拡散。数千万回再生された「チュートリアル」は、現代の非対称戦争と民間知識の軍事転用という新たな問いを提起する。
「報酬なし、組織なし、それでも戦場を変えうる」——インターネットはついに、そういう時代に入ったのかもしれません。
「Laohu Talks World」が火をつけた
2026年3月14日、中国のSNSに一本の動画が投稿されました。アカウント名「老虎谈世界(Laohu Talks World)」が公開したその動画は、アメリカの最新鋭ステルス戦闘機 F-35 をいかに撃墜するか、という「チュートリアル」でした。ペルシャ語の字幕付きで、イラン軍が保有する低コストのシステムを使って F-35 を無力化する手順を、技術的な根拠とともに丁寧に解説したものです。
この動画は瞬く間に拡散し、数千万回の再生を記録しました。そして投稿から 5日後の3月19日、イランは「米軍の F-35 を撃墜した」と発表しました。因果関係は不明ですが、タイミングは世界の注目を集めました。
これは孤立した事例ではありません。2026年2月28日に米国・イスラエルとイランの間で本格的な軍事衝突が始まって以降、中国の SNS 上では STEM(科学・技術・工学・数学)の専門的背景を持つ一般市民が、イランの戦争遂行を支援するコンテンツを次々と投稿しています。報酬もなく、政府の指示もなく、です。
なぜ「今」この現象が起きているのか
重要なのは、この動画を作ったのが軍人でも政府機関でもなく、民間の個人だという点です。中国政府がこの動きを黙認しているのか、あるいは見えない形で奨励しているのか、現時点では判断できません。しかし少なくとも表面上は、「愛国心を持つ技術者たちが自発的に情報を提供している」という構図です。
この現象には、いくつかの背景が重なっています。まず、中国国内では米国主導の国際秩序への反発感情が根強く、イランへの同情論が一定の支持を得やすい土壌があります。次に、SNS の拡散力が個人の影響力を国家レベルに近づけています。そして、高度な軍事・工学知識を持つ人材が、かつてなく多くオンライン空間に存在しています。
日本にとってこの問題は決して遠い話ではありません。在日米軍は F-35 を含む最新鋭装備を日本国内に配備しており、日本の防衛体制はこれらの装備の信頼性と密接に結びついています。民間の知識が敵対勢力の軍事能力を底上げするという構図は、日本の安全保障環境にも直接影響しうるものです。
「民間の善意」はどこまで許されるのか
この現象をどう見るかは、立場によって大きく異なります。
アメリカの視点からすれば、これは民間人による敵国支援であり、情報戦・心理戦の一形態です。軍事機密の漏洩や、作戦の安全性を損なう行為として強く批判されるでしょう。実際、F-35 の脆弱性に関する情報がオープンな場で議論されること自体、安全保障上の深刻な問題です。
一方、イランの側から見れば、圧倒的な軍事力を持つ米国に対抗するための「知識の民主化」とも言えます。非対称戦争において、情報と知恵は最も重要な資源の一つです。
中国政府の立場は微妙です。公式には「民間人の自発的行動」として距離を置きつつ、実質的にこの動きを止める気配はありません。国際法上、民間人が外国の戦争行為を支援する行為の扱いは曖昧な領域に踏み込んでいます。
日本の研究者や安全保障の専門家の間では、この現象が「グレーゾーン」の新たな形態として注目されています。武器を持たない市民が、知識と情報だけで戦争の帰方に影響を与えうる——これは、既存の国際法や戦争の倫理が想定していなかった事態です。
記者
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