なぜブラジルはトランプ型独裁者を阻止できたのか
ボルソナロ政権下のブラジルが示した民主主義防衛の教訓。多党制システムが生み出した意外な制度的強靭性とは
10年前、政治学者スコット・メインウェアリングは断言した。「大統領制と多党制の組み合わせは、安定した民主主義の維持を困難にする」。しかし、2018年から2022年のブラジルで起きたことは、この定説を根底から覆すものだった。
独裁者志望の大統領vs制度
2018年、ブラジル国民はジャイール・ボルソナロという男を大統領に選出した。軍事独裁政権を公然と賛美し、女性蔑視発言を繰り返す元軍人。彼は就任後、ドナルド・トランプが現在アメリカで行っているような権力集中を試みた。
違いは、ブラジルでは議会と最高裁判所が徹底的に抵抗したことだ。
ボルソナロは254の暫定令を発令したが、議会が承認したのは115件のみ。成功率45%は、フルタームを務めた大統領として史上最低だった。議会は彼の拒否権を30回も覆した。比較すると、過去4代の大統領の拒否権覆しは合計9回だった。
さらに最高裁は、ボルソナロの権威主義的な動きを次々と阻止。アレシャンドレ・デ・モラエス判事は「偽ニュース」捜査を主導し、2022年のクーデター計画を暴露。ボルソナロは現在、27年の刑期で服役中だ。
腐敗が生んだ意外な強靭性
この抵抗の背景にあるのは、ブラジル政治の「弱点」とされてきたものだった。
ブラジルの下院には現在20の政党が存在する。世界で最も分裂した議会の一つだ。そして議会の支配勢力はセントラォン(大中道)と呼ばれる、イデオロギーよりも利権を重視する政党群だった。
政治学者カルロス・ペレイラは言う。「私たちの制度は確かにアメリカより弱い。しかし、ある意味で私たちの強さは、制度が弱いという事実から来ている」。
セントラォンの議員たちは、自分たちの選挙区への予算配分と腐敗の見逃しと引き換えに大統領を支持する。しかし、ボルソナロが議会の権限を奪おうとした時、彼らは即座に反発した。大統領の権力が強くなりすぎれば、自分たちの利権が脅かされるからだ。
司法の反撃
議会の抵抗と並行して、ブラジル最高裁も積極的な役割を果たした。
アメリカの最高裁がトランプの権力拡大を事実上容認しているのとは対照的に、ブラジルの最高裁は団結してボルソナロに立ち向かった。背景には多党制がある。アメリカのような二党制では、大統領は自党に忠実な判事を指名できる。しかしブラジルでは、上院に約12の政党が存在するため、大統領個人に忠誠を誓う判事の承認は不可能だ。
ルイス・ロベルト・バローゾ元判事は2022年の論文で、最高裁の役割を「制度的クーデター」に対する防波堤と位置づけた。「民主主義の防衛において結束した」裁判官たちは、積極的に権威主義に抵抗する選択をしたのだ。
失敗したクーデター
2022年10月、ボルソナロは僅差で再選を逃した。ルラの勝利マージンは50.9%、ブラジル史上最小だった。
敗北を受け入れられないボルソナロは、12月7日に国防相と軍幹部を招集。緊急事態宣言、ルラの勝利無効、モラエス判事の逮捕を命じる草案を提示した。しかし陸軍と空軍の司令官は拒否。海軍司令官のみが署名した。
2023年1月8日、ボルソナロ支持者が大統領官邸、議会、最高裁を同時襲撃。しかし軍は動かなかった。モラエス判事は迅速に対応し、暴動を鎮圧した。
なぜ軍は動かなかったのか。アドリアーナ・マルケス政治学者は「軍自体に民主的信念があるわけではない」と指摘する。むしろコストと利益の計算だった。エリートの支持なし、国民の反対、バイデン政権からの警告——これらを考慮すれば、クーデターは割に合わない選択だった。
アメリカへの教訓
ブラジルの経験から、アメリカが学べる教訓は何か。
最も明白なのは多党制への移行だが、これは短期的には非現実的だ。しかし、政治家のインセンティブを変える改革は可能だ。
党派的ゲリマンダリングの全国的禁止、予備選制度の改革または廃止——これらにより、よりメインストリームな有権者に応答する議員を増やせる。また、大統領令に議会承認を義務づけるブラジル式制度の導入も検討に値する。
重要なのは、ブラジルの「運営論理」——政治家を自己利益を通じて民主主義に縛りつける仕組み——が権威主義者の封じ込めに極めて効果的だったことだ。
記者
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