アジアが燃料を奪い合う:ホルムズ危機が露わにした「エネルギーの脆弱性」
中東紛争によるエネルギー危機がアジア全土を直撃。日本・インドネシア・韓国・ニュージーランドが燃料確保に奔走する中、日本の役割と備えとは何か。
95%。日本が中東に依存する原油の割合だ。その海上輸送路であるホルムズ海峡が事実上封鎖された今、アジア全域で静かな、しかし切迫したエネルギーの争奪戦が始まっている。
「燃料バーター」という新しい外交
2026年3月、インドネシアのプラボウォ大統領が東京を訪問した。表向きは首脳会談だが、その実態は燃料確保のための実務交渉だった。SKK Migas(インドネシア石油ガス規制機関)のジョコ・シスワント長官がロイターに明かしたところによれば、インドネシアは日本に対して液化天然ガス(LNG)を供給する代わりに、家庭の調理用燃料として不可欠な液化石油ガス(LPG)を受け取る「バーター取引」を検討しているという。
これは単なる二国間の取引ではない。日本の政府系エネルギー企業INPEXはインドとの間でLPGとナフサ・原油を交換する同様の協議を進めており、ベトナムも日本にエネルギー支援を要請。フィリピンはすでに東京から軽油を受け取ったと発表した。日本の経済産業大臣は「サプライチェーンを持つ東南アジア諸国への燃料供給継続の重要性」を強調しつつ、具体的な取引内容へのコメントは避けた。
プラボウォ大統領は東京の経済界に向けてこう語った。「合理的な経済関係を維持することは極めて重要だ。中東の地政学的状況は、エネルギー安全保障に戦略的な不確実性をもたらしている」。
「緊急事態」が連鎖するアジア
事態の深刻さは、各国が相次いで打ち出す緊急措置に表れている。フィリピンはアジアで初めて「国家エネルギー緊急事態」を宣言。スリランカは週4日労働制を導入し、ミャンマーは自家用車の隔日運行制限を実施した。インドネシアは燃料販売の制限とテレワーク推進を組み合わせた一連の対策を発表。ベトナムの貿易省は企業に対し、従業員のテレワークを奨励するよう呼びかけた——燃料節約のために。
この混乱に拍車をかけているのが中国だ。世界第2位の経済大国は、自国経済を守るため精製燃料(ジェット燃料を含む)の輸出を禁止した。タイも同様の輸出禁止措置を取っており、両国からジェット燃料の60%以上を調達していたベトナムの航空業界は特に深刻な打撃を受けている。ベトナムの航空当局はブルネイ、インド、日本、韓国への代替調達を緊急要請した。
ロシアという「想定外の選択肢」
危機が深まる中、地政学の皮肉な逆転が起きている。米国がウクライナ侵攻をめぐるロシア制裁を一時的に免除したことで、アジア各国がロシア産エネルギーに目を向け始めたのだ。
韓国は今週、プラスチック原料となるナフサをロシアから初めて輸入し、原油の確保も模索している。インドはロシア産原油の購入を拡大。バングラデシュ、タイ、スリランカもロシアとの交渉を進めている。ただし、制裁免除の期限は4月11日に迫っており、スリランカ国営セイロン石油公社の会長は「それまでに契約をまとめるのは難しい」と認めている。
「小さすぎて気づかれない」国の焦り
大国の間で最も切実な声を上げているのは、小規模な国々だ。ニュージーランドのクリストファー・ラクソン首相は、シンガポール、マレーシア、韓国の首脳に加え、欧州委員会委員長とも相次いで電話会談を行った。エネルギー担当副大臣のシェーン・ジョーンズ氏はロイターにこう語った。「選択肢を構築しなければ、今後2〜3か月で燃料を狂ったように奪い合う競争の中で、私たちは小さすぎて気づかれない存在になってしまう」。
この言葉は、アジア・太平洋地域のエネルギー秩序が抱える構造的な問題を端的に表している。平時には機能していた「市場による調達」という前提が、危機下では一瞬で崩れ去るという現実だ。
日本の「備え」は本当に十分か
日本エネルギー経済研究所の橋本裕史上席研究員は「危機が長引けば、アジア諸国は互いに助け合い、代替供給源と交渉するための多国間の枠組みを構築する必要があるかもしれない」と指摘する。
日本は世界有数の石油備蓄量を誇り(推定約8か月分)、今回の危機では「供給する側」として一定の役割を果たしている。しかし、それは同時に「供給を求める国々からの要請が集中する」ことも意味する。日本の貿易省は東南アジアのサプライチェーンへの燃料供給継続を強調しているが、自国の産業——トヨタの生産ライン、新日鉄の製鉄炉、一般市民の暖房と交通——を守りながら、どこまで地域の「燃料銀行」として機能できるか、その限界は見えていない。
さらに根本的な問いがある。今回のバーター外交は、危機を乗り越えるための応急処置に過ぎない。再生可能エネルギーへの移行が叫ばれて久しいが、アジアの多くの国では化石燃料依存からの脱却は道半ばだ。今回の危機は、その移行の遅れが持つリスクを、数字ではなく生活の痛みとして可視化している。
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