人類が月へ戻る日、NASAの主役は民間企業に
アルテミス計画でNASAは再び月を目指す。しかし次の着陸はSpaceXかBlue Originが担う。宇宙開発の主導権が国家から民間へ移る歴史的転換点を読み解く。
54年ぶりに、人間が月の軌道を飛んでいる。そしてこれが、NASAが「国家だけの力」で深宇宙に人を送る最後のミッションになるかもしれない。
2026年4月、NASAのアルテミス計画は3人のアメリカ人と1人のカナダ人宇宙飛行士を乗せ、人類史上最も遠い有人飛行の記録を更新しようとしている。使用されているのは、現在世界最強の打ち上げロケットSLS(スペース・ローンチ・システム)と宇宙船オリオン。どちらもボーイングやロッキード・マーティンといったNASAの伝統的な請負業者が製造したものだ。
しかし、次のミッション——月面に実際に「足跡」を残す着陸——は、まったく異なる顔ぶれが担うことになる。
「最後の国家ロケット」が飛んだ理由
SLSとオリオンの開発は、第二次ブッシュ政権時代にさかのぼる。2000年代初頭、NASAは月への帰還を目指した巨大ロケット計画を立ち上げたが、予算超過と開発遅延が重なり、2010年に計画は大幅に縮小された。その代わりとして登場したのが、民間企業に軌道ロケット開発を委託する新しいプログラムだ。
この政策転換が、SpaceXにとって会社存続を左右する契約をもたらし、宇宙ベンチャーへのベンチャーキャピタル投資の波を呼び起こした。一方でNASAは2019年に月再訪を決定した際、すでに開発中だったSLSとオリオンを使い続けることを選んだ。変更コストと政治的リスクが大きすぎたからだ。
だが、月面着陸のための「最後のピース」——宇宙船から月面に降りるための着陸機——は、民間企業に委ねられることになった。2021年、SpaceXが自社の大型ロケットスターシップを月面着陸機として使用する契約を獲得。さらに2023年にはジェフ・ベゾス率いるBlue Originも着陸機開発者として追加された。
民間企業「競争入札」という新しい宇宙の仕組み
NASAの計画では、2027年にオリオンと両社の着陸機をテストし、2028年に2回の月面着陸を目指している。SpaceXのスターシップは月面に到達するために12回以上の打ち上げで燃料を補給する必要があるという複雑な設計で、元NASA長官のジム・ブリデンスタイン氏は議会で「自分が知る限り、どのNAS長官も自ら選ばなかったアーキテクチャだ」と証言している。
2025年末に就任した新NASA長官のジャレッド・アイザックマン氏——イーロン・マスクが推薦し、ドナルド・トランプ大統領が指名した億万長者の起業家——は、就任後すぐに大胆な改革を断行した。月周回宇宙ステーション「ゲートウェイ」計画を廃止し、SLSの高額アップグレード投資も打ち切った。その分の資源を、新世代の民間宇宙企業に集中投下する方針だ。
宇宙開発の主導権は、着実に国家から民間へと移っている。
日本にとって「他人事」ではない理由
この変化は、日本の宇宙産業にも直接的な影響を及ぼす。JAXA(宇宙航空研究開発機構)はアルテミス計画の国際パートナーであり、日本人宇宙飛行士が月面に立つ可能性が現実のものとなっている。しかし、その実現を左右するのは今や三菱重工やIHIといった日本企業だけでなく、SpaceXやBlue Originのスケジュールでもある。
一方、地政学的な文脈も見逃せない。中国は2030年までに自国の宇宙飛行士を月面に送ることを目標に、着々と計画を進めている。電気自動車やロボット工学の分野では中国企業がシリコンバレーを追い抜きつつある現状の中で、宇宙開発は「西側テクノロジーの最前線」を守れるかどうかの試金石になっている。
SpaceXの成功モデルは、中国の宇宙ベンチャー企業が最も参考にしているモデルでもある。蓝箭航天(ランドスペース)や星际荣耀(アイスペース)といった中国の民間宇宙企業が急速に力をつける中、月面着陸競争はシリコンバレーと北京の技術覇権争いの縮図になりつつある。
日本企業にとっては、この変化に乗り遅れないことが重要だ。民間主導の宇宙開発が加速する中、日本の宇宙産業がグローバルなサプライチェーンの中でどのポジションを取るかは、今後10年の競争力を左右する問いになる。
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