1兆ドルの選択:AI株市場で起きていること
未公開株市場の最前線から見えるAnthropicとOpenAI、そしてSpaceXの今。セカンダリー市場の動向が示す、AI覇権争いの本質とは。
20億ドルの現金が、買い手として待機している。しかし売り手がいない。
これは架空の話ではありません。2026年春、Anthropicの未公開株を巡って、実際に起きていることです。
「売り手がいない」株とは何を意味するか
Rainmaker Securitiesの社長、Glen Anderson氏は2010年から未公開株の仲介業務に携わってきました。当時、レイトステージの未公開市場に注目する機関投資家は、両手で数えられるほどしかいませんでした。それが今日では数千社に膨れ上がっています。約1,000銘柄の取引を仲介する同社から見えるセカンダリー市場の景色は、現在「三つの主役」によって形作られているといいます。Anthropic、OpenAI、そしてSpaceXです。
Anderson氏が語るAnthropicの現状は、業界の常識を覆すものです。「私たちのマーケットプレイスで最も調達が難しい株はAnthropicです。売り手が存在しないのです」。Bloombergの報道によれば、買い手側は20億ドルの資金をAnthropic株に投じる準備ができているとされています。一方、OpenAI株については約6億ドル分が売りに出ているにもかかわらず、買い手が見つからない状況が続いています。
この非対称性を生んだ一因として、Anderson氏が挙げるのは意外な出来事です。Anthropicが米国防総省との公開的な対立を経験したこと——当初は悪材料と受け止められたこの一件が、結果として同社のブランド価値を高めたというのです。「アプリの人気が上がり、人々は『大きな政府に立ち向かうヒーロー』として会社を支持しました。OpenAIとの差別化がさらに鮮明になったと思います」とAnderson氏は語ります。
「どちらかが勝つ」という単純な話ではない
ただし、Anderson氏はこの状況を単純な二項対立では語りません。「どちらか一方という話ではない」と彼は強調します。多くの機関投資家が依然としてAnthropicとOpenAIの両方へのエクスポージャーを求めている、というのが実態です。「どのAIモデルが最終的に勝つかは、まだわかりません」。
OpenAI側も手をこまねいているわけではありません。同社はセカンダリー取引に対する管理強化を進めており、「OpenAIの株式へのアクセスを主張するいかなる業者にも、SPV(特別目的会社)経由を含め、極めて慎重であるべきだ」と公式に警告しています。またMorgan StanleyやGoldman Sachsといった大手銀行を通じた手数料なしの取引チャネルを整備し、高手数料ブローカーへの対抗策を講じています。
一方でOpenAI株のセカンダリー市場での取引価格は、直近の一次市場評価額8,520億ドルに対して、7,650億ドル相当の水準で推移しているとAnderson氏は確認しています。割引率は約10%。市場の「温度差」を示す数字です。
SpaceXという「別格」の存在
この二社の議論を複雑にするのが、SpaceXの存在です。Anderson氏によれば、SpaceXは2022年から2024年にかけての未公開市場の調整局面——多くの企業の株価がピークから60〜70%下落した時期——を、ほぼ無傷で乗り越えた稀有な企業です。「基本的に右肩上がりが続いてきた」とAnderson氏は言います。
その背景にあるのは、経営陣の「欲張らない」姿勢だとAnderson氏は分析します。「多くの企業は、各ラウンドで株価を最大化する誘惑に負けてしまいます。しかし、それでは誤りの余地がなくなる」。SpaceXは保守的な価格設定を維持し続けた結果、2015年に約120億ドルだった評価額は今や1兆ドルを超えています。当時投資した人は、100倍以上のリターンを得ていることになります。
そして今週、SpaceXはIPOの機密申請を行ったとされています。Elon Musk氏は500〜750億ドルの調達を目指しているとも報じられており、実現すれば2019年のSaudi Aramco(評価額1.7兆ドル)に次ぐ規模になる可能性があります。
IPOレースの「先着順」という現実
ここで、AnthropicとOpenAIにとって見逃せない問題が浮上します。両社もIPOを検討中とされていますが、SpaceXが先手を打った形です。Anderson氏の見立ては明快です。「SpaceXは大量の流動性を吸収するでしょう。IPOに振り向けられる資金には限りがあります」。
IPOの世界では、先に市場に出た企業が最も好条件を享受しやすい。後続の企業は、より厳しい目線と、より少ない資本に直面する可能性があります。AI企業への注目度がいかに高くても、この原則から完全に免れることはできません。
日本の投資家や企業にとっても、この動向は無縁ではありません。ソフトバンクグループはOpenAIに対して多額の出資を行っており、IPOのタイミングと市場環境は直接的な影響を持ちます。またToyotaやSonyなどの大手企業がAI戦略を加速させる中、どのプラットフォームに乗るかという選択が、数年後の競争力を左右する可能性があります。
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