Anthropic、AIの「スキル」をオープン標準化へ。業界の共通インフラを狙う戦略

Claudeの頭脳を業界標準に

AI開発のスタートアップAnthropicは水曜日、同社のAIアシスタントをより高性能にするための技術「エージェントスキル」をオープン標準として公開すると発表しました。これは、進化の速いエンタープライズソフトウェア市場での地位を固めるための戦略的な一手です。サンフランシスコに拠点を置く同社は同時に、法人顧客向けの管理ツールや、Atlassian、Figma、Stripeなど主要パートナーが開発したスキルのディレクトリも公開しました。

この動きは、Anthropicが昨年10月に初めて導入した技術を大幅に拡張するものです。当初は開発者向けのニッチな機能だったものが、今や業界標準となりうるインフラへと変貌を遂げようとしています。

Anthropicのプロダクトマネージャーであるマヘシュ・ムラグ氏はVentureBeatの取材に対し、「私たちはエージェントスキルを独立したオープン標準として立ち上げ、仕様書と参照SDKをagentskills.ioで公開します」と語りました。「マイクロソフトは既にVS CodeとGitHubでエージェントスキルを採用しており、CursorやGooseといった人気のコーディングエージェントも追随しています」と述べ、エコシステム全体で協議が進行中であることを明かしました。

AIに専門業務を教える「スキル」とは？

「スキル」とは、特定のタスクを一貫して実行する方法をAIシステムに指示するための指示書やスクリプト、リソースをまとめたフォルダです。ユーザーが専門的な作業をAIに依頼するたびに複雑なプロンプトを作成する代わりに、スキルはその手順に関する知識を再利用可能なモジュールとしてパッケージ化します。

このコンセプトは、大規模言語モデルが持つ根本的な限界に対処するものです。モデルは幅広い一般知識を持っていますが、専門的な業務に必要な特定の手順に関する専門知識は不足しがちです。例えば、プレゼンテーション作成用のスキルには、推奨される書式設定やスライド構造のガイドライン、品質基準といった情報が含まれ、AIはプレゼン作業時にのみこの情報を読み込みます。この「段階的開示」と呼ばれる設計により、AIのワーキングメモリを圧迫することなく、膨大なスキルライブラリを展開できます。

Fortune 500企業も既に活用、パートナーも続々参加

新しい法人向け管理機能により、管理者は組織全体で利用可能なワークフローを一元的に管理しつつ、従業員個人のカスタマイズも許可できるようになります。ムラグ氏によれば、「法人顧客は法務、財務、会計、データサイエンスといったビジネス部門でスキルを本番環境で利用しています」とのことで、フィードバックは非常に肯定的だと言います。GitHub上のスキルリポジトリは、既に2万以上のスターを獲得しています。

発表と同時に、Atlassian（Jira開発元）、Figma、Canva、Stripe、Zapierなど10社のパートナーが提供するスキルも公開されました。これは、Anthropicが自社のAI「Claude」と、企業が既に利用しているアプリケーション群とを繋ぐ「結合組織」としてスキルを位置づけていることを示唆しています。現時点でパートナーとの収益分配契約はなく、エコシステムの発展を優先する方針です。

なぜ競争優位性を競合にも開放するのか？

スキルをオープン標準として公開するという決断は、計算された戦略です。スキルを様々なAIプラットフォームで利用可能にすることで、Anthropicは独自技術でユーザーを囲い込むよりも、エコシステム全体の成長から得られる利益の方が大きいと賭けているのです。

この戦略は既に機能しているように見えます。開発者のエリアス・ジュディン氏が発見したところによると、競合であるOpenAIは、ChatGPTやCodex CLIツールにおいて、Anthropicの仕様と酷似した構造を静かに採用していました。これは、業界が「AIアシスタントの専門性をいかに高めるか」という難問に対し、共通の答えを見出しつつあることを示唆しています。

この動きはAI業界全体の標準化の流れとも一致します。AnthropicとOpenAIは、Googleやマイクロソフトなども参加する「Agentic AI Foundation」を共同で設立しており、スキルの標準化はこの枠組みに自然に適合します。

懸念される課題と今後の展望

一方で、スキルが普及することによる課題も指摘されています。Anthropicの社内調査では、一部の従業員から「アウトプットが簡単かつ高速になることで、時間をかけて何かを学ぶのが難しくなる」という「スキルの陳腐化」への懸念が表明されました。また、悪意のあるスキルが脆弱性を生むセキュリティリスクも存在します。

PRISM Insight: Anthropicの真の製品は、AIモデル「Claude」そのものではなく、誰もがその上で開発を行う「インフラ」なのかもしれません。同社は、AIアシスタントが「何をするか」ではなく、「どのように働くか」の標準を定義することで、特定のモデルの勝敗を超えた、より永続的な価値を築こうとしています。これは、かつてGoogleがAndroidで、Red HatがLinuxで成し遂げたように、技術のエコシステムの中心に自らを位置づけるための古典的かつ強力なプラットフォーム戦略です。