K-POP帝国の亀裂：ミン・ヒジンが問うHYBEの『公正な報酬』、マルチレーベル戦略の未来は

ミン・ヒジン氏とHYBEの報酬を巡る法廷闘争を深掘り。K-POPのマルチレーベルシステムの構造的課題と、クリエイターと資本の未来を分析します。

はじめに：単なる金銭トラブルではない、構造問題の顕在化

元ADOR CEOミン・ヒジン氏が、親会社であるHYBEの役員報酬システムに公然と異議を唱えました。これは単なる元経営者と企業間の金銭トラブルではありません。世界的な成功を収めたNewJeansを生み出したスタープロデューサーが投じたこの一石は、K-POP産業の成功モデルそのものである「マルチレーベルシステム」の根幹を揺るがす構造的な課題を浮き彫りにしています。クリエイターの功績と資本の論理が衝突する今、この問題は業界の未来を占う重要な試金石となります。

この記事の要点

ミン氏の主張：HYBEの報酬体系は実績ではなく、パン・シヒョク議長との関係性で決まる不公正なものであり、自身の功績は過小評価されていると批判。
HYBEの反論：ミン氏との株主間契約は既に無効であり、プットオプション（株式売却権）の行使は認められないと主張。
本質的な対立：「クリエイティブな成功」に対する正当な報酬の定義を巡る、クリエイターと巨大資本の間の根深い認識の齟齬が露呈。
業界への影響：この一件は、HYBEのガバナンスと人材マネジメントへの信頼を揺るがし、マルチレーベル戦略の持続可能性そのものに疑問を投げかけています。

詳細解説：マルチレーベルの光と影

背景：K-POPの成長エンジン「マルチレーベルシステム」

HYBEは、BTSの世界的成功を基盤に、Pledis（SEVENTEEN）、Source Music（LE SSERAFIM）、そしてADOR（NewJeans）など、複数のレーベルを傘下に収める「マルチレーベル戦略」で急成長を遂げました。この戦略の狙いは、各レーベルの創造的な独立性を尊重し、多様なヒットを生み出すことで、単一アーティストへの依存リスクを分散することにありました。ミン・ヒジン氏とADORの設立、そしてNewJeansの空前の成功は、まさにこの戦略が最も輝かしく機能した成功事例でした。

業界への影響：クリエイター vs 資本の普遍的テーマ

しかし、今回の対立は、その成功モデルの「影」の部分を露呈させました。ミン氏の主張は、「レーベルの成功は、誰の功績によってもたらされ、その果実はどう分配されるべきか？」という根源的な問いを突きつけています。

彼女の視点では、自身のクリエイティブなビジョンと実行力こそがADORの企業価値（2023年の営業利益約335億ウォン）をゼロから生み出したのであり、その貢献に見合う報酬が与えられていない、という不満があります。一方でHYBEから見れば、レーベル設立のための初期投資、グローバルな流通網、マーケティングノウハウといったプラットフォームを提供したからこその成功であり、報酬は企業全体の規定の中で公正に分配されるべき、という論理になります。

この対立は、HYBE傘下の他のレーベルのトップクリエイターたちにも波紋を広げる可能性があります。彼らが自身の処遇に疑問を抱けば、優秀な人材の流出リスクにも繋がりかねません。これはエンターテインメント業界における、クリエイターの独立性と親会社による統制のバランスという、普遍的な課題なのです。

PRISM Insight：投資家が注視すべき「クリエイター・リスク」

投資家の視点から見れば、今回の騒動は単なる訴訟問題ではなく、HYBEの企業価値の根幹をなす「無形資産（＝トップクリエイター）」のマネジメントリスクが顕在化した事象と捉えるべきです。

マルチレーベル戦略は、アーティストの活動休止などのリスクをヘッジする有効な手段と見なされてきました。しかし、レーベルの成功が特定のプロデューサー個人の才能に大きく依存する場合、その人物の離反は「レーベルごと」価値を失うという新たなリスクを生み出します。投資家は今後、HYBEの成長戦略を評価する上で、クリエイターに対するインセンティブ設計や、独立性を担保しつつも健全な関係を維持するためのガバナンス体制を、これまで以上に厳しく精査する必要があるでしょう。

この問題は、将来的にK-POPエージェンシーが、トップクリエイターに対して従来の株式報酬だけでなく、より高度な裁量権やスピンアウトの選択肢など、多様なパートナーシップの形を模索する必要性を示唆しています。