セレブ写真家が撮った「熊の肖像画」。スタジオの光が暴く、野生の二面性
著名なセレブリティ写真家ジル・グリーンバーグが、なぜ巨大な熊のポートレートを撮影したのか?物議を醸したプロジェクトの裏側と、作品に込められた野生の二面性、そして動物の擬人化への問いかけを解説します。
デヴィッド・ボウイ、クリント・イーストウッドといった大スターを撮影してきた世界的な写真家ジル・グリーンバーグ氏。彼女が次にレンズを向けたのは、人間ではなく巨大な熊でした。光沢のあるハイライト、滑らかなライティング、モノクロのシンプルな背景という彼女のシグネチャースタイルで撮影された熊たちの姿は、我々が抱く野生動物のイメージを根底から揺さぶります。
グリーンバーグ氏はもともと、著名人のポートレートでその名を馳せました。その後、猿や類人猿の撮影を手がけるようになり、動物写真の分野でも活躍。2007年、子どもからキャンディーを取り上げて泣いている姿を撮影したプロジェクト「End Times」が物議を醸し、ネット上で激しい批判を浴びました。彼女が次に「もっとワイルドで本能的なもの」を撮りたいと考えたとき、頭に浮かんだのが熊でした。当初の動機は、自身が受けた怒りのような批判を作品に反映させることだったと彼女は語っています。
最大の懸念は、当然ながら安全性でした。グリーンバーグ氏とスタッフは、カナダのアルバータ州で、野生の個体よりも人間に慣れている「近接撮影用」の熊たちを見つけ出しました。プロジェクト開始時には、5頭のヒグマ(コディアックヒグマ)と1頭のアメリカクロクマが参加。彼らのために屋外スタジオを設営し、人工照明を駆使して撮影は行われました。完成した写真を見た彼女は、その非現実的な見た目に驚いたといいます。「あの光の中で彼らを見たのは初めてだった」と、その理由を語っています。
さらに、プロジェクトにはホッキョクグマも加えられました。地球温暖化の「殉教者」であり、生息地が失われつつある最も脆弱な種への関心を高めるためです。ある情報源によれば、ホッキョクグマが野生で存在できるのは残り約25年とされています。この撮影をきっかけに、彼女は体重1600ポンド(約725kg)のグリズリーベアも撮影することになりました。
プロジェクトが進むにつれて、グリーンバーグ氏の心境にも変化が訪れました。彼女は、熊が持つ「奇妙な二面性」に気づいたのです。ふわふわとした、一見無邪気に見える外見の裏には、冷酷で残忍な野生の本能が隠されています。この発見は、社会がいかに動物を擬人化し、その真の性質から目を背けているかという思索へと彼女を導きました。
この撮影から約18年が経ち、これらの作品は「Bear Portraits」という一冊の写真集にまとめられ、Amazonなどで購入可能です。現在、グリーンバーグ氏は動物写真から少し距離を置き、絵画の制作に集中しているとのこと。その様子は彼女のInstagramで垣間見ることができます。
ジル・グリーンバーグ氏の事例は、アーティストがインターネット時代の批判とどう向き合うかという大きなテーマを浮き彫りにします。彼女は批判を創作のエネルギー源に変え、単なる反論ではなく、より深い人間と自然の関係性の探求へと昇華させました。これは、SNS時代のクリエイターが、作品を通じていかに社会と対話し、自己の思索を深めていくかを示す象徴的な例と言えるでしょう。
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