年間3.1兆円——誰も語らないNvidiaの「第二の柱」
NvidiaのネットワーキングビジネスはGPU事業の陰に隠れているが、年間310億ドルを超える売上を記録。2020年のMellanox買収が生んだこの事業が、AIインフラの根幹を担う理由を解説。
310億ドル。これはNvidiaのゲーミング事業の約3倍に相当する売上規模だ。にもかかわらず、その事業の名前を即座に答えられる投資家は、おそらく多くない。
Nvidiaといえば、誰もがGPU——H100やBlackwellといったAI処理チップを思い浮かべる。だが同社には、ひっそりと、しかし着実に成長し続けているもう一つの事業がある。ネットワーキング部門だ。
「プリンターをつなぐもの」ではない
2026年3月16日、NvidiaのCEOジェンスン・フアン氏は年次技術カンファレンス「GTC 2026」の基調講演に立ち、AIスーパーコンピューターを構成する6つの新チップを含む「Nvidia Rubinプラットフォーム」を発表した。新しい推論メモリストレージ基盤や、より効率的なEthernetフォトニクススイッチ「Spectrum-X」なども発表され、会場の注目はその壮大なビジョンに集まった。
だが、その発表の裏側にある事実を知る人は少ない。Nvidiaのネットワーキング事業は直近四半期だけで110億ドルの売上を計上した。前年同期比で267%増という成長率は、GPU事業と比較しても見劣りしない。年間累計では310億ドル超に達し、これはCiscoのネットワーキング事業が年間で稼ぐ額に匹敵する——つまりNvidiaは一四半期でCiscoの一年分を稼いでいる計算だ。
Zacks Investment Researchのシニア・エクイティ・ストラテジスト、Kevin Cook氏はこう語る。「Nvidiaのネットワーキング事業は、同社が生み出した最も印象的な新セグメントの一つです。Ciscoの年間売上に匹敵する数字を、一四半期で達成している」。
この事業の起源は、2020年に遡る。Nvidiaはその年、イスラエル発のネットワーキング企業Mellanoxを70億ドルで買収した。Mellanoxは1999年創業の老舗で、高性能コンピューティング向けのネットワーク技術に強みを持っていた。
「AIファクトリー」という概念
Nvidiaのネットワーキング部門シニアバイスプレジデント、Kevin Deierling氏はMellanox買収を通じて入社した人物だ。彼は当初、なぜフアン氏が買収を決断したのか理解できなかったと打ち明ける。今は違う。
「ジェンスンが買収した初日に言ったんです。『データセンターがコンピューティングの新しい単位だ』と」とDeierling氏は振り返る。「ネットワーキングは、コンピュートノード間でデータを移動させるだけのものじゃない。それは基盤なんです」。
Nvidiaのネットワーキング事業が提供するのは、GPUラック間の通信を担う「NVLink」、インネットワークコンピューティング基盤「InfiniBand Switches」、AIネットワーキング向けEthernetプラットフォーム「Spectrum-X」、そして光配線技術など、AIモデルの学習に特化した「AIファクトリー」を丸ごと構築するための技術群だ。
重要なのは、Nvidiaがこれらを個別コンポーネントとして販売するのではなく、フルスタックソリューションとして提供している点だ。しかも直販ではなく、パートナー企業を通じた販売モデルを採用している。Deierling氏は「これだけのフルスタック能力を持つ企業は、他に思い浮かばない」と自信を示す。
GPUという「頭脳」と、それをつなぐネットワーキングという「神経系」を一体として提供できる企業は、現時点ではNvidiaだけだ。Cook氏はこれを「GPUを完全なパッケージにするための欠けていたピース」と表現する。
日本企業にとっての意味
この事業展開は、日本のテクノロジー産業にとっても無縁ではない。
ソフトバンクグループはすでにNvidiaとの深い協力関係を構築しており、国内AIインフラへの大規模投資を進めている。NTTや富士通もAIデータセンターの整備を加速させているが、その「神経系」としてNvidiaのネットワーキング技術が採用されるケースが増えている。
日本は現在、少子高齢化による労働力不足という構造的課題に直面しており、AIによる生産性向上は国家的な優先課題だ。政府の「AI戦略」のもと、大規模AIインフラへの投資が続く中、データセンター間をつなぐネットワーキング技術の重要性は高まる一方だ。
一方で懸念もある。Nvidiaのフルスタック戦略が市場を席巻すれば、日本の通信機器メーカーや国産ネットワーク技術の競争力が一層低下するリスクがある。NECや富士通が長年培ってきたネットワーク技術の立場はどうなるのか。
「見えない事業」が持つ意味
なぜこれほど大きな事業が、これほど注目されないのか。
一つには、NvidiaのGPU事業があまりにも巨大であることが挙げられる。ネットワーキング部門は確かに成長著しいが、GPU事業の売上規模はさらに大きく、メディアの関心を独占している。もう一つは、ネットワーキングという技術領域の「地味さ」だ。チップの性能競争は数字で語りやすいが、データセンター間の通信インフラは可視化しにくい。
だが、Deierling氏の言葉は示唆に富む。「かつてコンピューターの内部にバックプレーンと呼ばれるものがあった。今日、ネットワークがAIファクトリーのバックプレーンだ」。
見えないものが、実は最も重要な基盤を支えている——これはテクノロジー投資においても、しばしば見落とされる真実かもしれない。
関連記事
エヌビディアは2024年、自社チップに開放命令セットRISC-Vを約10億個組み込み、2025年にはCUDAをRISC-Vの上で動かすと発表しました。ロイヤルティー不要の開放標準と、オープンなソフトウェアスタックが、CUDAのロックインを迂回しようとする反攻を解剖します。半導体主権戦争シリーズ第2回。
AMDの新型AIチップMI325Xはメモリ・帯域幅でエヌビディアと同等以上の性能を出すのに、データセンター向けAIアクセラレータ市場でのエヌビディアのシェアは今も86〜92%。本当の防衛線は20年かけて積み上げたCUDAというソフトウェアの生態系にある。半導体主権戦争シリーズ第1回。
SpaceXのIPO申請書類が暴露した矛盾——xAIのデータセンターは天然ガスで動き、宇宙太陽光発電を夢見る。イーロン・マスクの「脱炭素」ビジョンは今どこへ向かっているのか。
UAEがOPECを離脱し、年間610億ドル超の増収をAIインフラ投資に振り向ける。エネルギーと資本と地政学が交差する新たな構図を読み解く。
意見
この記事についてあなたの考えを共有してください
ログインして会話に参加