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エプスタイン文書が暴く「監視技術外交」の闇
政治AI分析

エプスタイン文書が暴く「監視技術外交」の闇

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エプスタイン事件の新文書により、イスラエルの元首相バラクがアフリカ諸国に監視システムを売り込む際の仲介役が明らかに。技術外交の裏側を探る。

2012年6月、コートジボワールのアラサン・ワタラ大統領がエルサレムを訪問した。表向きはイスラエルとの安全保障協定締結を目指す公式訪問だったが、その5日前に軍事クーデター未遂事件が発生していた。政権基盤が不安定な中での訪問は、単なる外交儀礼を超えた切迫感を帯びていた。

この訪問を機に始まった一連の交渉の裏側で、性犯罪者として有罪判決を受けた金融業者ジェフリー・エプスタインが重要な仲介役を果たしていたことが、今年1月に公開された300万件を超える新たなエプスタイン文書で明らかになった。

姪の人脈が開いた扉

ワタラ大統領とイスラエルのエフド・バラク元首相(当時国防相)を結んだのは、大統領の姪であるニナ・ケイタだった。元モデルの彼女はエプスタインの友人で、頻繁に彼の専用機を利用していた。文書によると、ワタラ大統領のエルサレム訪問と同じ日、ケイタはニューヨークでエプスタインと面会している。

3か月後の9月12日、エプスタインは再びケイタと会談し、直後にニューヨークのリージェンシーホテルでバラク元首相と極秘会談を行った。この一連の接触が、後の1億5000万ドル規模の監視システム提案につながっていく。

「危機」を「商機」に変える発想

2013年春、すでに国防相を退任していたバラクがアビジャンを訪問し、ワタラ大統領に包括的な安全保障計画を提示した。国境警備、軍事訓練、戦略コンサルティングに加え、携帯電話・インターネット監視センターと映像監視センターの設置が含まれていた。

興味深いのは、バラクとエプスタインがナイジェリアのボコ・ハラム危機も「ビジネスチャンス」として捉えていた点だ。人道的危機を商機と見なす冷徹な計算が、文書のメール交換から浮かび上がる。2013年6月、バラクはアブジャのサイバーセキュリティ会議に出席したが、これは表向きで、実際の目的はナイジェリアのグッドラック・ジョナサン大統領(当時)との面会だった。

価格が壁となった監視国家構想

ワタラ大統領は提案内容に満足したものの、1億5000万ドルという価格に難色を示し、最終的に署名を見送った。しかし、両国の関係は継続し、2014年6月にはアヴィグドール・リーベルマン外相(当時)が50人のイスラエル企業家を伴ってアビジャンを訪問。「定期協議」と「国防・国内治安」に関する2つの協定が締結された。

協定の詳細は明かされていないが、その後のコートジボワールとイスラエルの軍事関係の発展を見ると、何らかの形で監視技術の導入が進んだ可能性が高い。2018年には、イスラエル製スパイウェアペガサスがコートジボワールのジャーナリストの携帯電話を標的にしていることが判明している。

日本への示唆

日本企業も海外展開において、現地の政治的人脈や仲介者に依存することがある。しかし、エプスタイン事件が示すように、表面的には正当に見える取引でも、背後に不適切な関係が隠れている可能性がある。特に監視技術や軍事関連技術の輸出においては、より厳格なデューデリジェンスが求められる。

日本政府が推進する「自由で開かれたインド太平洋」構想においても、技術協力と安全保障支援は重要な柱となっている。パートナー国との関係構築において、透明性と説明責任を確保することが、長期的な信頼関係の基盤となるだろう。

本コンテンツはAIが原文記事を基に要約・分析したものです。正確性に努めていますが、誤りがある可能性があります。原文の確認をお勧めします。

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