ニューヨーク州AI安全法「RAISE Act」施行：連邦を先行する州の動きとテック業界の深い亀裂

米国ニューヨーク州が、AI（人工知能）の安全性と透明性を確保するための画期的な法案「RAISE Act」に署名し、正式に施行しました。これはカリフォルニア州に続き、米国内で大規模なAI安全法制を制定する2番目の州となります。連邦政府のAI規制議論が停滞する中、州レベルでの積極的な動きは、テック業界だけでなく、今後のAI開発の方向性にも大きな影響を与えることでしょう。

本稿では、RAISE Actの具体的な内容、成立までの背景、そしてテック業界内で賛否が分かれている現状を深掘りし、その先に広がるAI規制の未来について考察します。

RAISE Actの主な要点

• 大規模AI開発者への義務付け: 大規模なAIモデルを開発する企業に対し、その安全プロトコルに関する情報の公開を義務付けます。
• インシデント報告義務: 安全に関するインシデントが発生した場合、72時間以内に州当局へ報告することを義務付けます。
• AI監視機関の新設: 金融サービス局内にAI開発を監視する新しいオフィスを設置します。
• 罰則規定: 報告義務の不履行や虚偽報告を行った企業には、最大100万ドルの罰金（再犯の場合は300万ドル）が科せられます。
• カリフォルニア州との連携: キャシー・ホークル知事は、カリフォルニア州の先行する枠組みを参考にしていることを明言し、「連邦政府が遅れる中で、国内主要テック州間で統一されたベンチマークを創出する」と強調しました。

成立までの背景とテック業界の反応

RAISE Actは、当初州議会で可決された後、テック業界からの強力なロビー活動に直面しました。これを受け、ホークル知事は法案の修正を提案しましたが、最終的には来年に一部変更を検討するという約束のもと、オリジナル法案への署名に至りました。この経緯は、AI規制を巡る政府とテック業界間の綱引きの激しさを示しています。

業界内の賛否両論

• 賛成の声: OpenAIやAnthropicといった主要なAI企業は、ニューヨーク州の法案を支持し、同時に連邦レベルでの統一的な規制の必要性を訴えています。AnthropicのSarah Heck氏は、「国内最大級の2州がAI透明性法制を制定した事実は、安全性の極めて重要な意義を示しており、連邦議会がこれに続くことを促すべきだ」とコメントしました。
• 反対の動き: 一方で、Andreessen Horowitz（a16z）やOpenAI社長のGreg Brockmanが支援するスーパーPACは、法案の共同提案者であるAlex Bores議員に対抗する動きを見せています。これは、AI規制が企業のイノベーションや競争力に与える影響について、テック業界内部で深い意見の対立が存在することを示唆しています。共同提案者であるアンドリュー・グーナーデス州上院議員は「ビッグテックは我々の法案を葬ろうとしたが、それを阻止し、国内で最も強力なAI安全法を成立させた」と発言しており、その対立の構図が鮮明です。

PRISM Insight: AI時代のガバナンスと投資機会

ニューヨーク州のRAISE Actは、単なる地方の法規制に留まらない、より広範な意味合いを持っています。連邦レベルでの統一規制が遅れる中、カリフォルニア州に続くニューヨーク州の動きは、米国内で「州による規制競争」が加速する可能性を示唆しています。これは、AI開発企業にとって、これまで以上に複雑なコンプライアンス環境への対応が求められることを意味します。

この動きは、特に以下の分野で新たな技術トレンドと投資機会を生み出すでしょう。

• AIガバナンス・リスク管理（AI GRC）ソリューション: AIモデルの透明性、説明可能性、監査可能性を確保するためのツールやプラットフォームへの需要が急速に高まります。規制要件への準拠を支援するコンサルティングサービスやソフトウェア開発企業は、大きな成長機会を得るでしょう。
• 「Safety-by-Design」の実践: AI開発の初期段階から安全性、公平性、プライバシー保護を組み込む「Safety-by-Design」のアプローチが、業界標準としてより一層重視されるようになります。これに対応できる技術やフレームワークを持つスタートアップは、競争優位性を確立できるはずです。
• 専門人材の育成: AI法務、AI倫理、AIセキュリティといった専門知識を持つ人材の需要が高まります。企業は、技術開発だけでなく、規制対応能力も組織内に構築する必要があります。

投資家は、単にAIの技術力だけでなく、規制順守への意識と対応能力が高い企業を見極めることが重要になります。

今後の展望

ニューヨーク州のRAISE Actは、米国のAI規制における新たな段階を示しました。今後、カリフォルニア州とニューヨーク州の連携が他の州に波及し、より広範な州レベルでの規制の動きが加速する可能性も考えられます。また、これらの州の取り組みが、最終的に連邦政府のAI規制議論に具体的な影響を与え、その制定を促すきっかけとなるかもしれません。

テック業界は、イノベーションの自由と社会的責任の間で、引き続き難しいバランスを模索することになります。企業は、規制当局や市民社会との対話を深め、AIの安全な社会実装に向けた建設的な解決策を共同で探っていく姿勢が、これまで以上に求められるでしょう。