消費者向けAIはなぜ儲からない？VCが語る「iPhone前夜」との酷似と次なる勝者の条件

なぜ「キラーアプリ」が生まれないのか？

生成AIのブームが始まってから3年が経過しましたが、市場の熱狂とは裏腹に、多くのAIスタートアップは依然として企業向け（B2B）ビジネスで収益を上げており、消費者向け（B2C）での成功事例はまだ限定的です。ChatGPTのような汎用ツールは瞬く間に普及しましたが、特定の用途に特化した消費者向けAIアプリの多くは、まだ市場の心を掴めていません。これはなぜでしょうか？そして、次の大きな波はどこから来るのでしょうか。トップベンチャーキャピタリストたちの分析は、私たちが今、歴史的な転換点の直前にいることを示唆しています。

この記事の要点

• プラットフォームの未成熟: 現在の消費者向けAI市場は、スマートフォン黎明期に似た「過渡期」にあり、基盤となるプラットフォームがまだ安定していません。
• 「懐中電灯アプリ」の罠: 初期のクールなAIアプリ（動画・画像生成など）は、Soraのような巨大モデルの登場で急速にコモディティ化し、ビジネス機会を失っています。
• スマートフォンの限界: AIの真の能力を解放するには、常にユーザーの状況を理解する「アンビエント・コンピューティング」が必要であり、スマートフォンという形態では限界があるという指摘がなされています。
• 次なる勝者の領域: 新しいAIネイティブなデバイス、もしくは金融や教育など高度にパーソナライズされたサービスが、次世代の巨大な消費者向けビジネスを生み出すと予測されています。

VCが語る「気まずいティーンエイジャー」の時代

Goodwater Capitalの共同設立者であるチーファ・チェン氏は、現在の状況を2008年にiPhoneが登場した後の数年間に例えます。当時、App Storeでは「懐中電灯」のような単純な機能を持つアプリが人気を博しましたが、すぐにOSの標準機能として統合され、サードパーティのビジネスは消滅しました。チェン氏は「初期の動画、音声、写真に関するAIアプリは非常にクールだったが、Sora（OpenAIが開発した先進的な動画生成AI）や中国のオープンソースモデルが登場し、多くの機会が消え去った」と指摘します。これは、基盤プラットフォームが進化する過程で、その上で成り立っていた単純なアプリケーションが淘汰される典型的なパターンです。

Scribble Venturesの創設者エリザベス・ワイル氏もこの見方に同意し、現在の消費者向けAIアプリを「気まずいティーンエイジャーの中間地点」と表現しています。技術は存在するものの、まだ社会に完全に適合し、真の価値を発揮する形を見つけられていない、というわけです。

「モバイルの2009-2010年」が示す未来

チェン氏は、AIにおけるプラットフォームの「安定化」が間近に迫っていると見ています。「我々は、モバイルで言えば2009年から2010年にかけての時代、つまりUberやAirbnbのような巨大なモバイルファースト企業が誕生した時期の直前にいる」と彼は語ります。プラットフォームの安定化とは、GoogleのGeminiがChatGPTと技術的に肩を並べるなど、基盤となる大規模言語モデル（LLM）の性能が一定の水準に達し、開発者がその上で安心して長期的なアプリケーションを構築できる状態を指します。この安定期が訪れることで、初めて持続可能な消費者向けビジネスが花開くのです。

スマートフォンの次へ：AIネイティブデバイスの探求

では、ブレイクスルーを阻んでいる最大の要因は何でしょうか。両VCは、現在のスマートフォンの限界を指摘します。チェン氏は「1日に500回手に取るデバイスが、あなたが見ているものの3〜5%しか見ていない。これではAIの能力を最大限に活用するユースケースは生まれない」と述べます。AIが真価を発揮するためには、ユーザーの文脈を常に理解し、先回りして支援するアンビエント・コンピューティング（環境に溶け込むコンピュータ）が必要です。

この課題を解決するため、業界は「ポスト・スマートフォン」デバイスの開発を競っています。OpenAIと元Appleのジョニー・アイブ氏が開発中と噂されるスクリーンレスデバイス、MetaのRay-Banスマートグラス、あるいはHumane Ai Pinのようなウェアラブルデバイスは、すべてこの新しいパラダイムを狙ったものです。ワイル氏は自身のiPhoneを指し、「5年後、私たちはこのデバイスのために開発しているとは思えない」と断言しました。

PRISM Insight: 投資家と創業者への戦略的示唆

投資分析：短期的な罠と長期的な好機

現在の消費者向けAIスタートアップへの投資は、大きなリスクを伴います。「懐中電灯アプリ」の罠が示すように、基盤モデルの進化一つで、有望に見えたビジネスモデルが数ヶ月で陳腐化する可能性があるからです。投資家は、単にクールな技術デモに惑わされるのではなく、深いユーザーインサイトに基づいた、代替されにくい独自の価値（Defensible Moat）を持つ企業を見極める必要があります。

一方で、チェン氏の「モバイルの2009-2010年」という見立ては、今が次世代のメガベンチャーに投資する絶好の機会であることを示唆しています。注目すべきは、(1) AIネイティブな新デバイスとそのエコシステムを構築しようとする野心的な挑戦者、そして(2) スマートフォン上で完結しつつも、パーソナル金融アドバイザーや個別指導チューターのように、極めて高度なパーソナライゼーションを実現するサービス、という2つの方向性です。

技術トレンド：AIソーシャルは「シングルプレイヤーゲーム」の隘路を抜け出せるか

AIボットがユーザーコンテンツと相互作用する新しいソーシャルネットワークの試みに対し、チェン氏が「ソーシャルをシングルプレイヤーゲームに変えてしまう」と懐疑的な見方を示した点は重要です。これは、技術的な目新しさが、必ずしも人間的なエンゲージメントに繋がらないという本質的な課題を突いています。PRISMは、AIの役割は「人間の代替」ではなく「人間同士の繋がりを強化・拡張する触媒」であるべきだと考えます。今後の消費者向けAIの成功は、技術だけでなく、人間中心の設計思想にかかっています。ユーザーがいかにAIを信頼し、自然に生活の一部として受け入れられるか。その答えを見つけ出したサービスこそが、真の勝者となるでしょう。

今後の展望

今後1〜2年で、基盤モデルの性能はさらに安定し、それを活用した実験的なアプリケーションが数多く登場するでしょう。投資家や創業者は、単一の技術トレンドを追うだけでなく、AIと人間のインタラクションを再定義する新しいデバイスの動向にも最大限の注意を払う必要があります。今はまさに、次なる「Uberモーメント」が生まれる直前の静かな、しかし極めて重要な時期なのです。短期的な流行に惑わされず、長期的なプラットフォームシフトを見据えた戦略が、未来の勝者を決定づけることになるでしょう。