ISISは終わっていない：領土喪失後、サイバー空間とアフリカで復活する「分散型テロ」の新たな脅威

ニュースの核心：なぜ今、ISISを再考するべきなのか

イスラム国（ISIS）がシリアとイラクにまたがる広大な「カリフ国家」を失ってから数年が経ち、世界の関心は他の地政学的課題へと移りつつあります。しかし、物理的な領土の喪失は、ISISの終焉を意味するものではありませんでした。むしろ、組織はより捉えどころがなく、分散化されたグローバルな脅威へと変貌を遂げ、今もなお活動を続けています。このニュースは、テロの脅威が過去のものではなく、形を変えて存続しているという厳しい現実を浮き彫りにします。対テロ戦略の最前線がどこに移り、私たちはどのような新たな課題に直面しているのかを理解することが、今まさに求められているのです。

要点解説

• 脅威の分散化: ISISは中央集権的な支配体制から、世界各地に点在する支部や共鳴者によるグローバルなネットワークへと移行しました。
• 活動中心の地理的シフト: 主な活動地域は中東から、統治が脆弱なアフリカのサヘル地域や中央・南アジアへと大きく移っています。
• サイバー空間での復活: オンラインでのプロパガンダ、戦闘員の勧誘、そして暗号資産を利用した資金調達が、組織の生命線として機能しています。
• 戦術の変容: 大規模な領土支配から、地域の不安定化を狙ったゲリラ戦術や、散発的なテロ攻撃へと戦い方を変えています。

詳細解説：変貌するテロの姿

背景：物理的「国家」の崩壊とイデオロギーの残存

2019年にシリアのバグズで最後の拠点を失ったことで、ISISが支配する物理的な領土は消滅しました。これは国際社会による対テロ作戦の大きな成果であったことは間違いありません。しかし、組織の指導者層は殺害・拘束されたものの、その強力なイデオロギーとグローバルなブランド力は生き残りました。彼らは、領土を失ったことを「一時的な後退」と位置づけ、支持者に対して「雌伏の時」を呼びかけ、再起の機会をうかがってきました。

新たな主戦場：アフリカとアジア

現在、ISISの脅威が最も深刻化しているのはアフリカ大陸です。特に、マリ、ブルキナファソ、ニジェールなどが含まれるサヘル地域では、「イスラム国サヘル州（ISSP）」が勢力を拡大。政府の統治が及ばない広大な地域で、アルカイダ系の組織と競合・連携しながら、民間人への襲撃やインフラ破壊を繰り返し、地域の不安定化を加速させています。同様に、アフガニスタンではタリバンと敵対する「イスラム国ホラサン州（IS-K）」が活動を活発化させ、国際的な脅威となっています。これらの地域支部は、中央の指示を待つのではなく、現地の政治的・社会的な不満を巧みに利用し、自律的に活動を展開しているのが特徴です。

グローバルな影響と各国の対応

ISISの分散化は、各国の対テロ戦略に新たな課題を突きつけています。かつてのように特定の地域に軍事力を集中させる戦略はもはや有効ではありません。米国や欧州諸国は、現地の治安部隊の訓練や情報共有、ドローンによるピンポイント攻撃などで対応していますが、リソースには限りがあります。一方で、ロシアや中国もアフリカでの影響力を強めており、対テロを名目とした地政学的な競争が激化している側面もあります。国際社会が一枚岩となって対応することが困難になる中で、テロ組織が活動する「力の空白」が生まれやすい状況にあるのです。

PRISM Insight：サイバー・カリフ国家と対抗技術

ISISの真のレジリエンス（回復力）の源泉は、物理的な世界からサイバー空間へと移行した「デジタル・カリフ国家」の存在にあります。彼らは暗号化されたメッセージングアプリ（Telegramなど）を通じて指令やプロパガンダを拡散し、ダークウェブで活動マニュアルを共有、そして追跡が困難な暗号資産（仮想通貨）を資金調達や送金に活用しています。

この動きは、テクノロジーが両刃の剣であることを示しています。テロ組織が最先端技術を悪用する一方で、それに対抗する技術も進化しています。AI（人工知能）を活用したオンライン上の過激派コンテンツの自動検知・削除システムや、ブロックチェーン分析によるテロ資金の流れの追跡は、対テロ対策の新たな柱となりつつあります。今後、サイバーセキュリティ、インテリジェンス分析プラットフォーム、そしてOSINT（オープンソース・インテリジェンス）関連技術への需要は、国家安全保障の観点からますます高まっていくでしょう。これは、安全保障とテクノロジーが不可分である現代を象徴するトレンドです。

今後の展望：終わらない戦いへの備え

今後の展望は、楽観視できるものではありません。短期的には、アフリカの統治が脆弱な地域でISIS関連組織の活動がさらに活発化し、地域の紛争を激化させる可能性があります。中期的には、世界の主要国が米中対立などの大国間競争にリソースを集中させる中で、対テロ対策への関心が薄れ、「テロ対策の空白地帯」が拡大するリスクが懸念されます。

長期的な視点に立てば、ISISのような過激派組織が生まれる根本原因、すなわち貧困、汚職、政治的抑圧、社会の分断といった問題に対処しない限り、脅威は形を変えて何度でも蘇るでしょう。軍事的な対策だけでなく、外交、経済支援、そして教育を通じた持続的なアプローチこそが、この「終わらない戦い」に対する最も有効な戦略と言えるのです。